春のお彼岸法要、是非お参りください・3月8日(日)午後2時

3月8日(日) 午後2時より春のお彼岸法要をお勤めをいたします。

「彼岸」とは、さとりを開いた状態を意味する言葉です。もともと、インドの原語では「パーラミター」(波羅蜜多)といい、漢訳すると「到(とう) 彼岸」となり、さらにこれを日本語に直すと「さとりの境界に到達した」という意味になります。

お彼岸は春秋のお中日をはさんで7日間あります。この7日間は六道を超える7日間とも言われています。六道とは、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の事です。自分の思う通りにならないからといって腹を立て、奪い合い殺し合って地獄に行き、自分の気にいったものが手に入ると「まだ足りない、欲しい欲しい」と餓鬼道の世界に行き、「今が楽しければそれでいい」と畜生の世界へ行ったと思えば、時には親子ともいがみ合って修羅に行く。他人の身になったかと思うと、いつの間にか「自分が可愛い、自分が正義だ」と思い込むのが人間の世界。自分の思い通りにいって有頂天になるのもつかの間、いずれまた落ちていく天上界。

『歎異抄』の 第13条に「人はだれでも、しかるべき縁がはたらけば、どのような行いもするものである」とあります。縁あればどのような世界にでも行ってしまう私たち凡夫は、六道を超えて「彼岸」に行くどころか、今この瞬間「此岸(しがん)」で六道をぐるぐる巡って、苦しみ悩む人生を送っているのです。

親鸞聖人が大切にされた七高僧のお一人に中国の善導大師という方がおられます。善導大師の著書『観経疏(かんぎょうしょ)』には、1年の中でも特に春分と秋分は、太陽の軌跡が真東から真西へ移動することから、阿弥陀さまの西方浄土を願生する、つまり浄土に往き生まれたいと願うに最も適した仏道修行の時節であると示されています。

浄土真宗では、お聴聞を通して阿弥陀さまの摂取不捨(おさめとってすてず)のおはたらきをよろこび、そのお徳を讃嘆(さんだん)しますから、彼岸法要は別名「讃仏会」という名で親しまれています。

お念仏は、すべてのいのちを平等に包み取ってくださる阿弥陀さまの「お慈悲の心をお聞かせいただく」という意味で「お念仏をいただく」と申します。そのお慈悲の中で省みれば、先に浄土へ参られた方々のご恩にお育て頂いた我が身であったと味わうことが出来ましょう。お彼岸にはご先祖のご恩を偲び、私が仏法に遇うご縁を頂戴したと聞かせていただきます。あらためて自分の人生と真っ直ぐ向き合わせていただきたいものです。

この度の講師

静岡県伊東市・寶専寺より

遠山泰範 師

 この度の御講師は、静岡県伊東市・寶専寺より遠山泰範師をお迎えしてご法話をいただきます。

遠山先生は子ども会活動や地域の教育活動に精力的に取り組んでおられます。難しい仏教用語を交えず、日常に起こる様々な経験を阿弥陀さまのお心に照らし合わせてお取次ぎくださいます。

是非お参りください。